里山イニシアチブとは?
市民科学との接点
日本の「里山」の知恵が、世界の生物多様性保全の標準モデルに。
COP10で生まれた国際パートナーシップと、私たちにできること。
八巻 毅
2026年3月9日
2010
COP10で発足
348
IPSI参加組織
20+
COMDEKS対象国
298万
里地調査データ件数
里山イニシアチブとは
SATOYAMAイニシアティブは、里山・里海のような「人間が自然と寄り添いながら農林漁業を通じて形成・維持してきた二次的自然地域」を守り、再生するための国際的な取り組みです。
日本語の「里山」は、集落周辺の雑木林・農地・ため池・草地が一体となった自然環境を意味しますが、同様の仕組みは世界各地に存在しています。SATOYAMAイニシアティブは、この日本の知恵を国際語として広め、「自然共生社会」の実現を目指しています。
自然を「手つかずのまま保護する」のではなく、人間が適切に関わりながら利用・管理することで、生物多様性と人の暮らしの両方を持続させる。これが里山イニシアチブの核心です。
成立までの経緯
2009年7月
東京で第1回準備会合を開催
2010年1月
パリ(UNESCO本部)で国際有識者会合 →「パリ宣言」採択
2010年10月
名古屋COP10で正式承認。IPSIが51団体の創設メンバーで発足
2022年12月
COP15で昆明・モントリオールGBF採択。里山イニシアチブがGBF実施の具体的手段に
なぜ今、里山イニシアチブが必要なのか
世界中で、人と自然が調和しながら維持されてきた二次的自然地域が急速に失われています。日本では過疎化・高齢化による伝統的な土地利用の放棄が、海外では近代的な農業や開発による土地利用転換が主因です。
チョウ類 1/3 が急減
モニタリングサイト1000里地調査(2005〜2022年度)で、103種中34種が10年あたり30%以上の減少率
鳥類 15% が急減
106種中16種が同水準で減少。農地・草原・湿地など開けた環境の種が特に深刻
保護区(自然公園など)だけでは、陸域の約17%程度しかカバーできません。保護区の「外側」にある里山のような場所を守らなければ、生物多様性の損失は止められない。これが里山イニシアチブが生まれた背景です。
3つの行動指針
SATOYAMAイニシアティブは、ランドスケープ(景観)の維持・再構築に向けて3つのアプローチを掲げています。
知恵の結集
自然からのさまざまな恵み(食料・水・燃料・文化的価値など)を総合的に理解し、多様な生態系サービスを最大限に活用する。
伝統的知識と近代科学の融合
地域に代々伝わる経験知と現代の科学的知見を組み合わせ、より効果的な資源管理を実現する。市民科学はまさにこのアプローチの実践。
新たな共同管理のあり方
土地所有者や地域住民だけでなく、企業・行政・研究者・市民など多様な関係者が参画する新しい資源管理の枠組みを探求する。
SEPLS — 社会生態学的生産ランドスケープ
里山イニシアチブでは、対象となる地域をSEPLS(Socio-ecological Production Landscapes and Seascapes)と呼びます。人間の生産活動(農業・林業・漁業など)と生物多様性が共存し、生物の生息地と土地利用がモザイク状に分布している場所です。
SEPLSが提供する生態系サービス
供給サービス
食料、木材、燃料、繊維、薬用植物
調整サービス
水質浄化、洪水制御、受粉、気候調整
文化的サービス
景観、伝統文化、レクリエーション、教育
基盤サービス
土壌形成、栄養循環
IPSI — 国際パートナーシップ
IPSI(International Partnership for the Satoyama Initiative)は、里山イニシアチブを推進する国際的なプラットフォームです。2010年にCOP10で51団体が創設メンバーとして発足し、2026年1月時点で348組織にまで拡大しています。
参加組織の構成
事務局は国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)が務めており、世界各地のSEPLS事例(ケーススタディ)の収集・共有、レジリエンス指標の開発、定期総会の開催などを行っています。
世界と日本の活動事例
COMDEKS — 旗艦プログラム
COMDEKS(Community Development and Knowledge Management for the Satoyama Initiative)は、UNDPが実施する里山イニシアチブの旗艦プログラムです。2011年の開始以来、20カ国・216地域の市民社会組織を支援してきました。
フェーズ4(2023〜2028年)では、日本政府が約7億円、経団連自然保護協議会が3億円を拠出。ブラジル、カンボジア、エチオピア、インド、ネパールなど約20の途上国が対象です。
日本国内の取り組み
モニタリングサイト1000 里地調査
環境省と日本自然保護協会の共同事業。全国325か所で5,700人以上の市民調査員が参加し、18年間で約298万件のデータを蓄積。124本の学術論文に引用されています。
里山一斉調査(大阪府)
市民が参加して里山の指標生物を調査。絶滅危惧種よりも環境を代表する「親しみやすい種」を重視し、調査を通じた環境教育効果も大きいプログラムです。
かわごえ里山イニシアチブ(埼玉県川越市)
無農薬の米作りを通じた生きものの賑わいの回復。地域コミュニティが主体となって里山の保全と活用を実践しています。
30by30・OECM・GBFとの関係
2022年にCOP15で採択された昆明・モントリオール生物多様性枠組み(GBF)は、2030年までに陸域・海域の30%以上を保全する「30by30」目標を掲げています。里山イニシアチブはこの実現に直結しています。
30by30 目標
里山はOECM(その他の効果的な地域に基づく保全手段)として保全面積に算入可能。日本では2023年から「自然共生サイト」認定制度が開始されています。
持続可能な農林水産業
SEPLSの持続可能な管理そのものがこのターゲットに対応。里山的な土地利用は生物多様性と食料生産を両立させます。
データ・知識の蓄積
IPSIのケーススタディ蓄積や市民科学データが、意思決定のための科学的基盤を提供します。ikimonのデータもここに貢献。
自然共生サイト(日本版OECM)には、市民団体が保全する里山、企業の水源林、鎮守の森、都市緑地などが認定されています。里山イニシアチブ推進ネットワークは30by30アライアンスの参加組織です。
市民科学との接点 — あなたの記録が世界を変える
里山イニシアチブは、専門家だけでなく地域住民や一般市民が生物多様性のモニタリングに参加することを重視しています。モニタリングサイト1000里地調査の18年間の成果が、その価値を証明しました。
長期変化の早期把握
100年スケールの変化を捉えるための観測基盤を構築
温暖化影響の追跡
気候変動による種の分布変化をリアルタイムでモニタリング
環境教育の実践
参加者が生きものの名前を覚え、四季の変化を肌で感じる体験
科学的価値の創出
124本の学術論文に引用。政策立案の根拠データに
ikimonと里山イニシアチブ
市民参加型の生きもの調査プラットフォームikimonは、里山イニシアチブが重視する理念を体現しています。
市民による生きもの観察データの蓄積(市民科学)
身近な自然環境(里山的な場所)への関心喚起
地域の生物多様性の「見える化」
GBFターゲット21(意思決定のためのデータ)への貢献
OECMの根拠データとしての活用可能性